新聞社在職時、共同通信社の技術支援を受けて電子書籍を発行しました。とにかく売れませんでした。新聞に広告を出しても、注文どころか問い合わせのメールもまったく届きませんでした。
電子書籍の市場自体、立ち上がったばかりだったし、もともとiPad専用の電子書籍だったので、販売に苦労することはある程度、予想していました。それにしても「わが新聞に、影響力がこれほどないとは・・」とがっくりきました。協力いただいた筆者にも大変な迷惑をかけました。「新聞読者とデジタルサービスの利用者の間には深くて暗い川がある」と、悔し紛れに言ってみますが、仕事人生、最大の失敗事例でした。思い出すたびに冷や汗が出ます。
今回の出版企画は電子書籍がメーンで、POD(プリントオンデマンド)、つまり、受注生産による紙の本の出版がサブのプランでした。自分名義の電子書籍が出たと伝えると「紙の本なら買うのに」と残念そうに言う友人、知人、親戚が予想以上に多いのに驚きました。20年近く、地方新聞社のネット部門を担当してきた関係で、いつの間にか紙の読者が遠くなっていたかもしれません。電子書籍と紙の本の双方にニーズがあるという、極めて当たり前のことにあらためて気付いた次第です。
もっとも、わたしたちが慣れ親しんできた紙の本に比べ、電子書籍は何と言っても後発の新規分野です。リリース後の周知一つにしても、確立した手法はないので、ソーシャルメディアなどを活用しながら筆者が自分の著作を育てていくアプローチが必要なようです。
さらに重要なのは、電子書籍のボリュームと紙の本にしたときのページ数の問題です。電子書籍版の「仙台発ローカルメディア最前線」は計算上、平均して1時間31分で読めることになっています。価格は700円。紙の本としては120ページで1200円の値段がついています。
スマホやタブレット端末で読むのに、ボリュームはどれぐらいが適当なのかは、経験がないので分かりませんでした。なるべく軽いボリュームにする方がいいだろうと思い、自分の原稿をネットで実際に読んでみて、大幅な削除と、必要な編集を繰り返しました。その結果、出版社に渡した原稿は、準備した原稿の半分ほどになりました。
さらに2か月後に出来上がった紙の本は、何となく抱いていたイメージとは違って、まるでポケット本か、少し厚めのブックレットのようなサイズでした。これならページ数をもう少し増やしたかった、と思いましたが、出版社の担当者に聞けば、PODの場合、価格は、100頁、おおむね1000円になるんだそうです。もともと140頁だったのを、編集上の工夫を加えてぎりぎり120ページ、1200円の価格に押さえたとのことでした。
POD出版で出回る書籍の中には5000円近い価格がついているものも数多くあります。価格は内容次第であるとは言え、あまり高いのは非現実的です。その点、実績もない無名の筆者が出版するに際して、1時間半程度で読める電子書籍とポケット版1200円という組み合わせは、ほとんどベストマッチに近いような気がします。読者の立場で言えば、価格が1000円ならもっとうれしい。
あまり言われないことですが、電子書籍が紙の本に比べて価格が安いのは、年金生活者にとっては朗報でもあります。ひと昔前と違って今のシニア世代は、PC、インターネット、スマホをよく使います。高齢社会ならではの、POD出版を組み合わせた電子書籍が多様に広がる可能性は高いように思うのです。