ハワイのデジタルメディア「Civil Beat」を訪ね、これまでの取材で何度も繰り返してきた質問を投げかけているうちに、ああ、これはネット報道、デジタル時代のジャーナリズムを具体的に考えるための手探りの時間なのだと思い当たりました。
以下、デジタルメディアの現場に携わってきた経験のある人には「既視感」のあるポイントが多いはずです。日本の地域メディアが本腰を入れてデジタル報道に取り組む場合、その既視感こそが案外、重要ではないでしょうか。地方新聞社に身を置き、紙とデジタルの合わせ技で、報道やジャーナリズムを担ってみたいと考える人々のためにまとめてみました。
Civil Beatのコンテンツでいかにも手数がかかりそうだなあ、と思ったのが、最近、米国でよく見られる「事実確認(fact check)」です。各界のリーダーや関係者らの発言を取り上げ「正しい」「ほとんど正しい」「半分程度正しい」「ほとんど間違い」「間違い」「ひどいうそ」「進行中」「証明不能」の8段階で査定します。人気コンテンツの一つです。その一例を紹介します。
州議会上院の Malama Solomon議員が、ザトウクジラは絶滅のおそれのある野生動植物のリストから外されるべきだと考えている-と述べたことを取り上げ、事実確認の結果、「ほとんど正しい」としています。
そう判断する根拠について記者がデータを示しながら解説する手法です。ある発言の真偽を判断するために多様なデータにあたり、読者が納得してもらえる形で示そうとしています。その判断を巡って読者の意見が書き込まれます。読者の書き込みを受けて、記者本人が出ていくことも珍しくはありません。読者の参加によって、事実確認の作業自体が、より幅広く、深まるプロセスを期待できます。「事実確認」に要する手間や記者の分析能力もさることながら、公的な立場で活動する人の発言について、その真偽を常に確かめようとする土壌を感じます。
米国は中間選挙の年であり、ハワイ州知事選も今秋に控えているため、Civil Beatは選挙報道に力を入れています。多様な選挙報道の中では、あまり目立たないのですが、選挙にかかわるいろいろな立場の人たちにメールで質問し、その回答を掲載する手法がごく普通に採用されています。読者がコメントできるようになっているし、必要に応じて記者が追加して解説したり、説明したりします。
「Civil Beat」の副編集長エリック・ペイプさんへのインタビューからの抜き書きです。
「Civil Beatを実際に見てもらえば分かるのですが、『コミュニティーの声』『キャンペーンコーナー』など、選挙に関するコーナーが多数あります。政治家が実際に登場して意見を述べることもあります。特定の候補者を支持することは絶対にしませんが、真実に近づくためにあらゆる努力を惜しみません。それがわたしたちの使命です」
ネットを活用した報道手法をさまざまに設定するということは、一つの記事を書いて終わり、にはできないことを意味します。単発の報道から、読者の参加も前提とする、つながりとしての報道へとしつこく、強い姿勢で、移行することを求められます。
「Civil Beat」の記者や編集者は、それを当然の前提としてジャーナリズムを組み立てようとしているようです。新聞社系のネット報道の場合、米国でも「新聞」を本業と考え、ネットを「継子」扱いする空気が依然として強いため、新聞に載った記事をそのままウェブに出して終わり、のケースが多いと言われます。「ネット単独ではビジネスにならないと判断した新聞社がネットからどんどん後退している」(ハワイ大学准教授、ジェラルド・カトー氏)ため、新聞社系のネット報道がどんどん縮小しているとの見方さえあります。
「インターネットには、参加する市民が誰でもコメント出来る特徴があります。多くの人たちがその意見に触れることが可能になります。最終的に決定するのは個人です。そのプロセスはインターネットだからこそです」
インターネットの場合、誰でも意見を言えて、議論を交わせますが、一方で、議論がかみ合わなかったり、誹謗中傷が飛び交うことも多々あります。伝統的なニュースメディアである新聞ではありえなかった風景です。伝統的なメディアの関係者にとって、こうしたシーンは、ほとんど恐怖に近いことでしょう。
「まさにインターネットではお互いを攻撃し合うことが珍しくありません。わたしたちは原則としてそのままにします。たとえば、ある人が遺伝子組み換えについて、固有の視点で解説したとします。遺伝子組み換えはハワイでも問題になっているので、炎上することは十分考えられます。そうなったらわたしたちは、そのこと自体を記事にします。炎上するぐらいですから、コメントする人はさらに多く出てくるはずです。(インターネットで展開する一連の出来事自体が)遺伝子組み換えに関するポイントを浮き彫りにすることになります」
Civil Beatが掲げている行動規範はあらかじめ宣言してあり、それにひどく反しない限りオンラインの書き込みは削除されません。「差別的な言葉を同じ人が5回使ったら書き込みを禁止することもあります。記者がいつも見ていて、何か問題が起きそうになると、どうですか、皆さん、楽しくやってますか?と入っていきます。記者がしっかり関与して、いい意見が出たら感謝の気持ちも伝えます」
ニューヨークタイムズ出身の80歳の人がコラムニストとしてCivil Beatで働いていたことがあるそうです。その人は新聞で育ったので考え方が古く、インターネットで誰からも意見が寄せられるのにすっかり驚いてしまい、対応出来なくなってしまったそうです。
「いろいろな意見があるのは当然のことです。ある人が突然、妙なことを言い始めても、気にしなければいいんです。それぐらいタフでないと務まりません。ただし、自分の記事について、数人が同じような批判や指摘を書き込んだとしたら、記事の内容を見直した方がいいでしょう。単純な勘違いや間違い、タイプミスなどを指摘されたらすぐに修正し、コメントをくれた人たちに向かってはっきり謝りましょう」
写真はCivil Beatが受けた賞の数々を展示してあるスペースです。